« 幼生バッタ | トップページ | セミの脱皮 »

一輪車クラブ幕を閉じる

これまで酒井先生と松隈先生が主宰してきた一輪車クラブは7月14日に33年の幕を閉じました。吉野ヶ里体操ユニクラブは7月14日に1時間ほど通常の連取をした後、クラブ閉幕式を行いました。クラブで練習を続けてきた子どもたち17人、父母14人、インストラクター4人が参加しました。クラブ閉幕は、インストラクターの高齢化と会場都合のためです。

一輪車クラブは、もともと鳥栖市で酒井先生と松隈先生が鳥栖一輪車クラブとして運営してきました。後に川島先生が加わりました。鳥栖市で27年間続きましたが、使用していた体育館がなくなることになりました。教室に来ていた吉野ヶ里町の相良さんが吉野ヶ里町東脊振にある多目的ホールがあると教えてくれ、練習場を2013年に鳥栖市から吉野ヶ里町に移し、この地で6年間吉野ヶ里体操ユニクラブとして続けてきました。私は鳥栖市のクラブでは生徒として参加し、吉野ヶ里町に移ってからはインストラクターの資格をとり、教える側になりました。

閉幕式では私が司会役を引き受け、子どもたちから一輪車についてお思いを言ってもらいました。子どもたちからは、「おもしろかった」、「一輪車がうまくなってよかった」など発言がありました。父母にも一言ずつ発言してもらいました。「クラブがなくなるのは残念だ」、「消極的だった子どもが一輪車ではがんばってくれてよかった」、「先生方にはていねいに指導してもらって感謝している」などの意見が出されました。

Rimg8430 Rimg8434 Rimg8449 Img_20190718_0001

酒井先生は、「一輪車は楽しいスポーツだ。これからも続けていってほしい」と子どもたちを激励しました。私は「一輪車に挑戦」の9冊の冊子を持参し、一輪車との関わりを振り返りました。

33年間、夏休み期間を除き毎日曜日に完全ボランティアでクラブを運営してきた酒井先生、松隈先生には敬意を表します。私は日曜日には参加しなければならない行事があったため4割か5割しか参加できていません。

閉幕式の最後に私たちインストラクターは子どもたちから感謝状と花束をもらいました。私宛の感謝状には、「先生は一輪車の楽しみ方を教えてくださいました。地球ゴマやCDなどを使った実験では、体だけでなく頭も使って一輪車に乗るためのヒントを自分で考えるという姿勢を学びました」とありました。とてもうれしい感謝状でした。

Rimg8425 Rimg8423

私のとっても一輪車クラブがなくなることはさみしいことですが、やむをえません。さまざまな性格や能力を持っている子どもと接することができ、いい経験になりました。

|

« 幼生バッタ | トップページ | セミの脱皮 »

一輪車に挑戦」カテゴリの記事

コメント

以前、鳥栖の一輪車クラブに参加していました。
非常に残念です。
吉野ヶ里に移ったことも知りませんでした。

また別の形でも一輪車クラブを作ってほしいです。

投稿: 以前 | 2019年8月14日 (水) 13時30分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 幼生バッタ | トップページ | セミの脱皮 »