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百田尚樹著『幻庵』を読む

江戸時代、囲碁界の頂点を目指した囲碁棋士・幻庵(げんなん)の成長物語です。いや、苦闘の物語と言うべきかもしれません。小説は上下2巻で800ページを超す大作で、舞台は1800年代の江戸時代で明治維までです。

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徳川家康は囲碁を好みました。江戸幕府は囲碁という芸を担う家制度を確立していました。この時代には、井上家、本因坊家、安井家、林家の4家が家元として認められ、禄を食み、覇を競い合っていました。4家に準じる家元として、井上家の外家である服部家がありました。

主人公の幻庵(幼少名を吉之助という)を7歳の子どものとき見いだして弟子にしたのは服部家の当主である服部因淑でした(後に因徹と改名)。打ち盛りの頃は碁敵から「鬼因徹」と恐れられていた人物です。

因徹は吉之助の才能を疑わず、養子に迎え厳しく鍛えます。吉之助は師匠の期待に応えてどんどん腕を上げていきます。因徹の夢は吉之助を碁打ちの最高の地位である名人位に就かせることでした。吉之助、後の幻庵は乞われて井上家の当主にになります。4家の当主と跡継は晴れ舞台であるお城碁(将軍の前で対局をする)に出場する栄誉をえます。

打ち盛りを迎えた幻庵は、年上で当代随一の実力者である因坊家の丈和と真剣勝負をして、名人位を獲得したいと何度も対局を申し入れますが、丈和は言を左右にして勝負を避けます。そして、丈和は政界の裏工作が功を奏してついに名人位に就きます。

幻庵は大きく失望しますが、それでへこたれる人物ではありませんでした。物語はそのごも面白く展開します。

当時の真剣勝負は何日もかけて打たれました。名のある碁打ちの対局は碁譜(対局の記録)として残されています。作者の百田はアマ高段者です。真剣勝負の雰囲気を文字で伝えます。読者はその対局を間近でみているような錯覚に陥ります。要所には対局途中の碁譜が掲げられいて、なるほどと納得させられます。

作者は当時の囲碁事情を記した『坐隠談叢(ざいんだんそう)』に依っています。大きなところでは史実を伝えているのだと思われます。囲碁は特殊なゲームです。そして、有名な対局を現代のプロはどのように受け止めているかについても解説します。囲碁を知らない読者のための作業としてやむをえないことでしょう。

小説の一章は幻庵の弟子である因徹(鬼因徹とは別人物)と本因坊家の名人位にある丈和との対局に充てられています。囲碁の対局は交互に石を置いていくもので、淡々とした流れです。これを目に見えるように、ドラマチックな対決として描いているところはさすがと感心させられます。因徹は輝くばかりの才能を有した青年でしたが、労咳(ろうがい。肺結核)を病んでいました。師匠の期待を一身に受けて対局に臨みましたが、対局の半ばで血を吐いて倒れてしまいました。この対局は途中までではありますが、現代の目から見ても名局とされ、「吐血の局」と呼ばれています。

歴史小説のなかには、「これこれの資料にはこのように書かれている」と作者がときどき前面に出てくることがあります。菊池寛の小説『忠直卿行状記』の最後の部分や、火坂雅志の小説『天地人』にも見られます。和田竜の小説『村上海賊の娘』にはこの手法がたびたび顔を出していました。私はこれに辟易して読むのを止めました。

ただ、この『幻庵』関しては碁という特殊なゲームや人物を描くためにはやむをえないことだと了解したところです。

現代の碁は周知のように、1局ごとに勝敗を明確にします。先番の黒が有利なため、6.5目のハンディキャップを負います。0.5目というのは盤上では出現しない、理論上の数値です。これによって必ず勝敗が決まります。江戸時代はハンディキャップの概念がなく、強い方が白を持ち、弱い方が黒を持って打ち始めました。上手(うわて)と同等と認められるためには何番も勝ち越さなければなりませんでした。同等となったと認められたときには、交互に黒を持つことになります。互先(たがいせん)という言葉は、ここに起源があります。現代では、「互先」は同等同列という意味で使われています。

江戸時代には時間制限がなかったため、最善の一手を求めて碁打ちたちは1手に1時間、2時間をかけていました。このため1局は何日もかけて打たれました。一方、現代のプロの大きなタイトル戦は、各人持ち時間は8時間で、2日間で打たれます。日曜午後に放映される「NHK杯囲碁トーナメント」は、1手30秒で打たれますが、途中1分単位で合計10回の考慮時間が与えられています。江戸時代と現代では大きな違いがあります。

本小説には登場人物が多く、それぞれが出世魚のように名前をつぎつぎ変えていくため、私は1回目は粗い読みになってしまったので、2回目はていねいに読みました。

百田の社会的発言には賛成できませんが、小説『幻庵』には賞賛を送ります。

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