映画鑑賞

実写版「フランダースの犬」を観る

本棚の整理をしていたら、実写版「フランダースの犬」(ケビン・ブロディ監督)のDVDが出てきました。映画は1999年に公開されたアメリカ映画で、終わり方に二つの版があるという珍しい映画です。映画制作者は、配給にあたって一つの国には一つのバージョンしか与えないという方針で、日本には悲しい結末バージョンが、アメリカにはハッピー
エンド・バージョンが配給されました。

実写版「フランダースの犬」のDVDを購入した目的は、このDVDに二つの結末が収録されていたからです。

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物語のあらすじは次のとおりです。オランダの一農村に絵のうまい少年ネロがおじいさんと住んでいました。ネロは労働犬の・パトラッシュととても仲良しでした。ネロとおじいさんはとても貧しい生活を余儀なくされていました。ネロは㓜友だちであるアロアと親しくしていました。アロアの父の工場の火事があり、ネロは放火の疑いをかけられます。絵の才能があったネロは絵のコンクールに応募しますが、残念ながら入賞することができませんでした。失意のなかでネロは吹雪の中をさまよい、最後に教会の中に迷い込み憧れのルーベンスの絵を見て昇天します。最後にはネロが放火犯ではなかったこと、アロアの父の大金の入った財布を届けたことによってネロは働き者で、正直者だと村人にわかります。

アニメ版「フランダースの犬」は、1975年にテレビで放映されました。私の子どもがまだ小さかったので、日曜日の夜に一緒に観ていました。とてもよくできた作品でした。

日本公開版はあらすじに書いたとおり、ネロは失意のなかで死んでしまいます。一方、アメリカ公開版はネロをそれとなく支援してきた画家が最後にネロの父であることがわかり、ハッピーエンドとなります。そういえば、アメリカ映画はどんなに凄惨な事件が起ころうと、最後にはヒーローとヒロインがキスをして終わることが多いのです。

二とおりの結末を準備した映画制作者は次のようなことを考えたのではと推測します。
○原作は悲劇で終わるが、アメリカでは受けない。
○原作どおり悲劇でよいという国もある。
○一つの映画で双方を満足させることができるなら、それにこしたことはない。
○最終部分を変えるだけでできるのではないか。制作経費も節減できる。
○一つの国にA版、B版の両方を配給すれば、どちらが良い、どちらが悪いという意見が交錯し、興業上良い結果は得られない。一国一版とする。

かくして、映画の筋書きには最後にネロの父親だと名乗り出る画家を伏線として埋め込むことが了承されたはずです。実写版「フランダースの犬」は完全に商品になりました。最小の経費で、最大の利益を上げることが目指されたのです。

チャップリンが制作した映画「独裁者」はドイツの圧力のもとで作られました。ワイラー監督の「ローマの休日」は、アメリカの赤狩り旋風の中で制作されました。どちらの映画も結果として大成功をおさめましたが、儲け目的に作られたわけではありません。映画が芸術作品だということを証明しました。

私は今回両方のバージョンを鑑賞しました。芸術作品は、ハッピーエンドであろうと悲劇的な結末であろうと、作家なり芸術家が自らの世界観を提示して観客に訴え考えさせるものだと思っています。ところが、この映画の制作者は、どうしたら最小の経費で最大の効果をあげることができるかを考えています。アメリカの興行師らしい意図が見え透いて、結論としては高得点をつけることができませんでした。

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中国ドラマ「楚喬伝」を鑑賞

「中国ドラマ史上最高の配信視聴数400億回を記録した」という文言に惹かれて「楚喬伝(そきょうでん)-いばらに咲く花-」を鑑賞しました。全58話で各話は45分です。43.5時間という長編です。

本ドラマの概略は、次のとおりです(公式ホームページより)。

平穏な時が流れているかのような魏(ぎ)国。しかし、その内部では国の覇権を巡る権力闘争が渦巻いていた。諜紙天眼(ちょうしてんがん)と呼ばれる皇帝直下の諜報機関を率いる宇文玥(うぶん・げつ)は、貴族の子息たちによる残酷な<人間狩り>ゲームからただ一人生き残った記憶喪失の娘・小六(しょうろく)に武芸の才を感じ、星児(せいじ)という名を与えて間諜にするため厳しい訓練を課していく。彼女は、自分を「楚喬(そ・きょう)」と呼ぶ女の淡い記憶を頼りに自身の出自を求めながら、宇文玥から与えられる過酷な任務を遂行していくのだった。そんな中、宇文玥の親友・燕洵(えん・じゅん)の祖国・燕北(えんほく)に謀反の動きありとの報が皇帝に届く…。楚喬は、対照的な二人の男・宇文玥と燕洵との間で揺れ動く思いを抱えながら、国を揺るがす大乱へ身を投じていく。

ドラマの主人公は、場面によって小六、星児、楚喬と呼ばれる若き女性です。知力、戦闘力は並外れたレベルにあります。楚喬は少女時代の事件により記憶を喪失しています。自分自身が何者かわからないという事情があります。物語の進行とともに、主人公にも視聴者にも秘密が一つひとつ明らかになっていく謎解きの面白さが全編を貫きます。

ヒロインの楚喬は魅力的な人物であり、当然のことながら、有力な男性である宇文玥と燕洵から心を寄せられます。楚喬に思いを寄せる燕洵、燕洵に思いを寄せる皇帝の娘・淳(じゅん)、淳に思いを寄せる貴族の息子・魏舒燁(ぎ・じょか)。宇文玥への玉の輿を狙う錦燭(きんしょく)。片思いの連鎖が複雑な勢力争い、権力抗争と絡み合い事件を展開させます。愛の行方がどうなるのかは、最後までわかりません。

魏の皇帝は絶大な権力を持っています。しかし、魏の一地方である燕北の反乱を恐れて過剰な弾圧を加え、謀叛の意思のない燕一族を惨殺します。かろうじて命を長らえた燕一族の皇子・燕洵は復讐を企むという筋書きです。その燕洵に思いを寄せているのが皇帝の娘・淳だったため事態は複雑に進行します。

皇帝直下の諜報機関は宇一族が運営していますが、すでに二派に分かれて熾烈な主導権争いをしています。隣国・梁の諜報機関も魏に進出して、さまざまな作戦を展開しています。このほかに二つの諜報・暗殺集団も関わってきます。諜報機関動詞の暗闘は、複雑すぎて全貌は理解することができませんでした。それほど筋を複雑にしなくてもいいのでは、と感じたところもあります。

ドラマは戦争場面の多く、大規模な城攻めのシーンが幾度となく出現します。砲弾、弓矢、各種の武器による戦いは本当に迫力があります。なかでも、刀を使った少人数の、あるいは一人対複数の戦いは本ドラマの見どころです。身をひるがえし、走り、攻撃し、受けにまわり、空中を飛翔するアクションは中国ドラマの見せどころです。武力対決ではありますが、芸術の域に達しているといえるでしょう。

楚喬は事件によって奴婢(ぬひ)にされてしまいました。ドラマの展開のなかで、楚喬の母は奴婢の解放と平和を求めていたことが徐々に明らかになってきます。このことがドラマの土台となっており、単なる権力争い、恋愛ものとは違った面白さを支えています。

一話観終わったら、すぐ次の一話を観たくなります。こんな面白いストーリーを紡ぎ出す脚本家にはほとほと感心してしまいます。豪華な俳優陣、華麗な家具調度、美しい風景、とてつもない数の登場人物……。これらすべてを統括する監督にも賞賛の拍手を送ります。中国ドラマの奥深さ、レベルの高さを感じさせられた作品でした。

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映画「野生の呼び声」を鑑賞

クリス・サンダース監督の映画「荒野の呼び声」が近くの映画館で上映されているのを知り、観に行きました。原作はアメリカ人作家のジャック・ロンドンの小説です。大学1年生か2年生のとき、英語の教科書で一部を読みました。面白い物語だという印象はずーっと残っていて、いつかは全編を読みたいと思っていました。翻訳を読み終えたのはほんの数年前です。緊張感が続く面白い物語でした。

小説が原作の映画ならぜひ観ておかなくてはと思ったしだいです。

舞台は19世紀末のカナダ・ユーコン準州です。物語の主人公は犬のバック。バックは判事の家庭でぬくぬくと暮らしています。身体は大きく、誇り高い犬です。おりしも、極北の地で金が発見され、人々は殺到します。雪道でそりを引く犬の需要が高まります。バックは闇取引人に捕獲され、雪と氷の世界に連れていかれます。ここからバックの苦難が始まります。苦難ではありますが、バックの成長物語でもあります。

物語の前半は郵便物配達のそりを引く犬として力をつける過程が描かれます。意地の悪いリーダー犬との死闘、勝利の後リーダーとしての実力と威厳を身につけていきます。雪道を爽快に走る犬ぞりの映像が力強く印象的です。横から後から雪崩が襲ってくる状況のなかで左へ右へそりを引いて犬たちが疾駆するシーンは、映画ならではの迫力があります。

後半はもう一人の主人公であるソーントン老人(ハリソン・フォード)との冒険です。ソーントンがしゃべる言葉をバックは理解します。ソーントンとバックは心を通わせ、信頼関係を築きます。ソーントンとバックがボートに乗って川を下り、滝をすべり降りるシーンは迫力があり、まさに冒険です。

驚かされるのは、バックやそりを引くくたくさんの犬たちが本当に自然な動きをすることです。怒ったり、うなだれたり、甘えたりする表情までします。実写映画なのにこんなに演出者の思いどおりの動きをする犬はいないはずだと思ってしまいます。コンピューターによる修正がかけられているのでしょうか。それにしても犬たちの動きは自然に見えます。

全体としてバックやその他の犬たちの表情から彼らの気持ちを観客が容易に理解できるように作られています。動物が擬人化されすぎているという批判が起きるかもしれません。

アメリカ映画に見られる、冒険をおそれない、どんなに危機的な状況にあっても登場人物はユーモアを忘れないという特徴が全編を貫いています。最後はバックが白い雌狼と仲良くなり、狼の群れのリーダーになりますが、。こういう終わり方もアメリカ映画の特徴です。

原作の小説にはさまざまな人との出会い、事件、エピーソードが丁寧に描かれていますが、映画は時間的な制約があり、事件も簡略化されています。しかし、全編を観終わったとき観客は静かな感動に浸れます。ストーリー展開がわかりやすく、子どもにも十分理解できる映画です。

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中国ドラマ「琅琊榜(ろうやぼう)」を鑑賞

「中国版エミー賞10冠達成」という宣伝に惹かれて、中国ドラマ「琅琊榜-麒麟の才子、風雲起こす」を鑑賞しました。1話45分で全54話の長編です。観始めたらやめられません。一気に観終えました。

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舞台は南北朝時代の架空の国「梁(りょうう)」。12年前に謀反の罪で壊滅させられた赤焔軍(せきえんぐん)の生き残りである林殊(りんしゅ)が、正体を隠して行動に打って出ます。現皇帝側からは赤焔軍の関係者は反乱軍で逆賊ですが、事件は悪辣な一味の陰謀によって引きおこされたものでした。赤焔軍の数少ない生き残り組は、自分たちを陥れた集団をだいたい突きとめていますが、いまだ確たる証拠をつかんでいません。

赤焔軍の生き残りのひとりである林殊は、梅長蘇(ばいちょうそ)と名前を変え都に進出します。梅長蘇は三国志の孔明に劣らぬ策士です。少しずつゆっくり秘密のベールを剥いでいきます。ドラマは名誉回復劇であり、復讐劇です。

利害の異なる集団が多数あります。連携と裏切り、罠にかけたり、かけられたりが交錯します。登場人物は多く、物語は非常に複雑に展開します。緻密な構成、練りあげられた台詞、対決の緊張感、巧妙なしかけ、戦闘場面の迫力……。純愛、親子の情も描かれています。俳優陣はそれぞれの役を個性的に演じています。どれをとっても一級のできばえです。

前半のクライマックスは、第20話の「誕生日の宴」です。重要登場人物の一人である簫景嬴(しょうけいえい)の誕生会が謝玉(しゃぎょく)宅で開かれ、利害関係者が一堂に会します。参加者がそれぞれの思惑を隠しつつ、相手の弱点を突こうと丁々発止のやりとりをします。真実と嘘が交錯しますが、徐々に過去の事実が一枚一枚薄皮を剥いでいくように明らかになっていきます。演劇ではこうした場面設定はよく使われます。本ドラマもこうした手法を取り入れていました。最後は武力による解決に行くことになりますが、それも予想を裏切る展開に……。

後半のクライマックスは、第52話の「五つの大罪」です。皇帝の誕生日に重臣、関係者が集まって宴がはじまります。この席で皇帝の妹である長公主(ちょうこうしゅ)が、謀叛に関わる秘密を暴露します。長公主の夫はすでに死亡していますが、赤焔軍を陥れた悪人の一人で自分の罪状を綴った手記を残していました。長公主は勇気をふるいおこし、夫の残した文書によって生きながらえている悪人を告発し、謀反人として断罪された生者と死者の名誉回復を訴えます。事実を認めたくなかった皇帝も重臣や親族が一斉に事実を認めるように迫ったため、事案の再審査に応じます。この場面も関係者が一堂に会して筋を展開するという演劇的な手法が巧みに取り入れられています。

ドラマの面白さ、緊張感は全話をつうじて維持されます。中だるみがありません。1話を観終わったら、すぐ次の1話が観たくなります。観ずにはいられません。

ドラマに余裕を与えているのは、梅長蘇に影のように寄り添っている飛流(ひりゅう)少年です。彼は空を飛び、武道の腕は一流ですが、まだ少年のかたくなさを持っています。梅長蘇には素直ですが、周りの者にはなじみません。ときにやらかす突飛な行動が視聴者の笑いを誘います。

ところどころに折り込まれている剣劇は見応えがあります。激しいだけでなく、技術水準の高い戦いです。勝負の行方を気にしながらも、スポーツを観るときのように動きの美しさを鑑賞することができます。

登場人物は多く、複雑な関係にあります。私はインターネットに掲載されている人物相関図をプリントアウトして手元におき、必要なメモを書き入れてドラマを観ました。人間関係をしっかり頭に入れておくため第1話は3回観ました。そして、第20話と第52話はそれぞれ2回観ました。主人公の梅長蘇の台詞は超かっこいいですが、悪人の台詞も論理的で説得力があります。練られた台詞を紡ぎ出ている脚本家に大きな拍手を送りました。

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「太祖王建(ワンゴン)」を鑑賞

韓国ドラマ「太祖王建(ワンゴン)」を観ました。全200話という長大ドラマです。1話が50分くらいですから、時間にすれば166時間になります。これだけのドラマを義務として観なさいと言われたのなら、苦痛で悲鳴をあげたことでしょう。しかし、ドラマは観出したらやめられない面白さがありました。1話を観終わったら、すぐ次の1話を観たくなる本当に面白いストーリーが展開しました。これだけ長大な物語なのに、中だるみがまったくありません。高い緊張感を維持するドラマの質は賞賛に値します。
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物語は西暦800年代の終わりから始まります。一千年の歴史を誇った新羅(しんら)が朝廷内の紛争とずさんな政治とによって衰退し始めていました。こうした状況のなかで、新羅の王族の一人であったクンイェが徐々に力をつけ、後高句麗(ごこうくり)を建国します。一方、キョンボンは朝鮮半島の南西部に後百済(ごくだら)を建国します。

物語の主人公は、ワンゴンです。ワンゴンは海商ワン・リュンの息子として生まれます。誕生直前に朝鮮の高僧トソンが大成すると予言しました。父の保護のもとに学問と武術に励みます。ワンゴンは。強大な権力を持つようになったクンイェの部下になり、数々の武勲をあげ、クンイェと義兄弟のちぎりを結びます。後に、賢明だったクンイェが暴君化していくなかで幾度も死と隣り合わせの危機が訪れます。手に汗を握るシーンが続きます。

クンイェの暴政に歯止めがかからなくなったときワンゴンは仲間ととももに革命を起こします。ワンゴンは後高句麗の皇帝の位につき、国号を高麗(こうらい)と改めます。

新羅が衰退した時期でもあり、後百済と高麗は二大勢力となり、勝った方が統一朝鮮の頂点に立ちます。高麗の皇帝・ワンゴンと後百済の皇帝・キョンフォンとの死闘が延々と続きます。繰り返される戦争は武力と知力のかぎりを尽くします。そこはドラマ、観る者を飽きさせない工夫がされています。

ドラマのところどころに歴史的な解説が挿入されます。「歴史書には諸説あるが、本ドラマではこういう解釈と説によっている」と。ドラマ性を高めるための措置であるとの解説は頷けます。

後百済の皇帝・キョンフォンは、後継者を正妻の息子・シンゴムとするか側室の息子・クムガンとするか迷います。キョンフォンの逡巡が臣下の間に不和を生じさせ、国力の衰退へと続きます。最終的には非常にドラマチックな展開により、ワンゴンの高麗が、新羅と後高句麗を打ち負かし、朝鮮を統一します。

キョンフォンは主人公・ワンゴンの敵ではありますが、非常に魅力的な英雄として描かれており、ドラマに深みを与えています。キョンフォンの軍師・チェ・スンウとワンゴンの側近・チェ・ウンの知略のたたかいも見所の一つです。クンイェの軍師であるチョンガンの悪辣な企みにも筋が通っており、ドラマの面白さを強めています。前半には、ワンゴンとヨンファの悲恋も描かれていて、私も同情の涙を流しました。韓国ドラマの質の高さに感心しました。

高麗は現在のコレアにつながるとの解説がドラマの最後に流れました。

ドラマをもっと詳しく知りたいと、公式ガイドブック『太祖王建』を買い求め、登場人物や歴史、地理を確認しました。

私はかつて5、6世紀に福岡県南西部を支配した豪族・磐井について書いたことがあります。八女市には磐井の墓である岩戸山古墳があります。磐井の母は朝鮮の新羅(しんら)王朝の紫雲媛(しうんひめ)です。紫雲媛は進んだ朝鮮の文化を八女にもたらしたとされています。ワンゴンの時代から数百年遡った新羅は当時の朝鮮で強国の一つでした。「太祖王建(ワンゴン)」を観て、私の中で岩戸山古墳と朝鮮がうまくつながりました。

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韓国ドラマ「大王世宋」を鑑賞

韓国ドラマ「大王世宋(テワンセジョン)を観ました。1話1時間で全86話の長大ドラマです。先に同じ人物を主人公にしたドラマ「根の深い木」を観ました。「根の深い木」がスリラー的な要素を持ったドラマであるのに対し、「大王世宋」は正当派の伝記ドラマです。

朝鮮の名君として知られ、ハングルを創製した王の物語なら観ておかなくてはと思ったのがきっかけでした。ドラマに一貫して流れているのは、王が民を思いやる心です。多くの視聴者が、そして私が危機にある王を見守り、大業を果たそうとする王を応援したくなるのは当然です。

主人公は、李氏朝鮮の第3代の王・太宋の第3王子・忠寧です。忠寧は後に第4代国王・世宋(在位1418年~1450年)になります。

第4代の国王になるべく定められた第1子の譲寧は乱暴で無思慮でした。それを批判すれば、忠寧自身が窮地に陥る危険性があったため、息をひそめて生活する時期が相当長く続きます。譲寧は判断の誤りと不祥事のため国王を継ぐ地位を失い、忠寧が世子になります。

忠寧には次々に難題が降りかかりますが、彼は賢さと勇気、粘り強さで何とか困難を切りぬけ、ついには国王に就任します。しかし先代の国王・太宗は軍事と人事を握ったまま権力を保持します。

日本の倭寇をめぐる争い、周辺異民族との確執と和解等々、解決すべき課題は次々の押し寄せます。なかでも、大国・明との確執には特別な困難性がありました。明は強大な軍事録を背景にたえず朝鮮に圧力をかけます。

本ドラマは恋愛に重きを置いていませんが、豪族の娘ハン・ダヨンと奴婢チャン・ヨンシルとの相思相愛は唯一でありながら、悲恋として描かれていませす。ハン・ダヨンはチャン・ヨンシルと引き離され、明の皇帝の側室に献上されます。チャン・ヨンシルは大変な苦労を経て、後に兵器の開発、天文機器の製作に才能を発揮し、国王を助けます。

世宋は晩年にはハングルの創製に取り組みます。朝鮮人民には漢字でなく、簡単に覚えられる文字が必要との考えをもちます。新しい文字を創るための言語学的苦労も描かれます。しかし、文字の創製阻止に明は強大な圧力をかけます。朝鮮の上層部も強く反対します。世宋と反対勢力の壮大なる闘いが展開し、ドラマの最終部を盛りあげます。

善役も悪役も類型的ではありません。状況の変化にしたがって善役が悪役に、悪役が善役に移行します。悪役も地位や利害によってさまざまな段階が描き分けられています。登場人物が多彩で、名前も覚えにくく漫然と観ていてると筋が理解できなくなることがあります。とにかく面白く見応えのあるドラマでした。

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韓国ドラマ「根の深い木」を鑑賞

韓国ドラマ「根の深い木-世宋(セジョン)大王の誓い」を鑑賞しました。全24話、1話が1時間10分で、全話28時間の物語です。

ある新聞の書評欄で、本ドラマはハングルを創った王の物語であり、原作は韓国の小説家イ・ジョンミョンによるとの紹介がありました。ハングルが朝鮮の王によって公布されたものであることは知っていました。前々からどんな動機と経緯で創られたものか知りたいと思っていました。

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ドラマは一応史実を踏まえながらも大きなフィクションを含んでいます。世宋の父の治世に奴卑という低い階層のなかで育った男の子トルボク(後のカン・チェユン)と女の子タム(後のソイ)は、大の仲良しでした。過酷な状況のなかで二人は離ればなれになり、互いの生死を知ることなく成長します。成人した二人は後に運命的な再会を果たします。

一方、王の世宋は漢字で書き表していた朝鮮語の表記を、民衆に門戸を広げようとハングルの創成を思い立ちます。創成には大変な苦労がともないます。そのうえ、新しい表記法は社会の秩序を乱すと官僚たちが反対し、併せて社会を毒すると執拗に反対する秘密結社の存在がありました。

世宋大王、官僚、秘密結社のたたかいが延々と続きます。それにカン・チュユン、ソイの過去と現在が絡みます。正義の人であれ、悪人であれ、どっちつかずの人であれ、それぞれの登場人物のせりふには説得力があります。本ドラマにのストーリーはミステリー仕立てで謎解きの楽しみもちりばめられています。1話見終わったら、次の1話を見ずにおれません。忙しい人にはお勧めできません。必ず寝不足になってしまいます。

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韓国ドラマ「チュモン(朱蒙)」を観る

時代は紀元前80年頃。かつて広大な地域を支配していた古朝鮮は漢によって滅ぼされ、民衆は圧政に苦しんでいます。扶余国の第三王子として育てられたチュモンが困難を排しながらしだいに頭角を現し、再び古朝鮮の栄光を取りもどし、高句麗(コグリョ)を建国する壮大な物語です。


登場人物は多彩です。古朝鮮を再建しようと果敢に闘い、志なかばで死んだヘモス将軍(後にチュモンの父とわかる)。献身的にチュモンを育て励ますチュモンの母、ユファ。チュモンと運命的な出会いをし、後に結婚するソソノ。 チュモンの育ての親、扶余国の王、クムワ。チュモンを陥れようとする王妃並びに、息子で第一王子と第二王子のテソとヨンポ。このほかにさまざまな人物が登場します。利害が交錯しており、筋は複雑に展開します。


前半は、頼りないふつうの青年だったチュモンが徐々に知恵と力をつけていく成長物語です。後半は古朝鮮の再建に向けて死と隣り合わせの危機を乗り越えていく苦難の物語です。チュモンには、祖国の独立と苦境にあえぐ民を救うという大義があります。ドラマの視聴者は、チュモンが危機に陥ったときにははらはらどきどきし、危機を乗り切ったときには安堵します。


一話一話はまとまりをもち、ドラマ全体は大きく終局に向かって流れていきます。一話の終わりには次の一話へ興味が喚起されます。全体で81話あり、一話は65分と長い。時間にして88時間です。これほどの長編ドラマに視聴者を引きつける脚本家の手腕、俳優陣の演技にほとほと感心しました。

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映画「赤ひげ」を鑑賞

映画「赤ひげ」のDVDを市民図書館で借りてきて鑑賞しました。黒澤明監督作品で、主演は三船敏郎と加山雄三です。1965年に公開され、数々の賞を取った有名な作品です。作品の存在はよく知っていました。

私は前進座の演劇「赤ひげ」は観たことがあります。田島栄脚色、嵐圭史主演でした。

時は江戸時代。江戸小石原に貧しい人々を対象にして治療に当たっているのが舞台となる小石原養生所です。幕府が江戸に設置した無料の医療施設で所長は医師の新出去定(にいできょじょう)です。この療養所にやってきたのは長崎で医学を学んだ保本登(やすもとのぼる)でした。心ならずも赴任してきたエリートの保本は初めのうちは診療活動を拒否します。ところが、赤ひげこと新出の医療技術と人間味を見るにつけ、徐々に貧しい人びと病める患者に心を開いていきます。

映画ではさまざまな挿話が描かれます。そのほとんどが貧しいが故の悲劇です。赤ひげは保本に言います。「病気の原因は、貧困と無知だ。それを克服するのに幕府は何をしてきたか。何もしていない」。演劇なら拍手が起こるところです。現代にも通じる台詞で、黒澤監督の心意気を感じとりました。映画は保本の成長物語です。

私もよく知っている俳優がたくさん出演しています。山崎努、団令子、香川京子、二木てるみ、東野英治郎、志村喬、笠智衆、杉村春子、田中絹代、西村晃、藤原釜足、菅井きん、荒木道子、左卜全等々です。それぞれが個性的であり、黒澤監督の白黒映画ならではのカメラワークが冴えています。

黒澤監督や三船敏郎がいくつかの賞を受賞しているのは頷けますが、12歳の少女を演じた二木てるみがブルーリボン賞の助演女優賞を受賞しています。熱演でした。

前々から観たいと思っていた映画でした。ストーリーに浸れて満足しています。

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中国ドラマ「ミーユエ」を鑑賞

中国の歴史ドラマ「ミーユエ 王朝を照らす月」の全話を鑑賞しました。DVDのケースには、2016年に中国で最も人気の高かったドラマで、制作費は58億円とありました。全部で81話です。1話が45分ですから、60時間と45分の大作です。

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1話観終えると次がすぐ観たくなる、本当に面白いドラマでした。時代は紀元前4世紀の頃、魏、韓、趙、楚、斉、燕、秦の7大国が覇をきそっていた戦国時代。楚の王女が秦王のもとに嫁ぎます。そのおつきとして王女の妹(側室の子)も秦におもむきます。主人公は王女の妹・ミーユエです。

ミーユエは、側室の子であるが故に子ども時代からひどい扱いを受けます。秦に移ってからもいじめは続きます。しかし、ミーユエは美しく賢い女性です。数々の苦難を乗り越えていきます。ミーユエの初恋、秦王の寵愛、遊牧民の王との愛がストーリーの中に折り込まれています。王位をめぐる権力闘争、後宮での妬み、妨害、策略が渦巻きます。まさに手に汗を握る展開が続き、途中で視聴を止めることはできません。

悪役はもちろん登場します。悪辣で陰険な人物で、その程度は並ではありません。しかし、悪人は悪人なりに論理がしっかりしています。これまで中国ドラマを何本か観てきましたが、全体として台詞が論理的で、情緒的な要素が少ないように感じます。賢者、愚者、弁舌にすぐれた人、秀でた軍人、等々登場人物は多彩です。

「ミーユエ」の舞台、衣装はまことに豪華です。登場人物の数が多く、名前を覚えるのが大変です。兵士の数は膨大で、迫力があります。こうした要素が備わっているため、場面、場面が重厚な印象を与えます。

ミーユエは秦の国力を高め、秦による中国統一の基礎を造りました。ミーユエは秦の始皇帝の祖母にあたります。ドラマは死期を悟ったミーユエが、兵馬俑を作る作業場を視察する場面で終わります。

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